胎動

2/25
前へ
/426ページ
次へ
 今までに何度も往復した通学路を、俺は駆ける。春眠暁を覚えず、だなんて使い古された言葉がしっくりくるような寝覚めの悪さも、携帯の時計を見て吹っ飛んだ。一瞬にして頭が覚めるような時刻は、普段なら通学路の中腹に達するであろう数字を表していた。  歯ブラシを加えこみながら顔を洗い、寝癖を申し訳程度に落とし、自分でも驚くような早さで着替えた後は朝飯をかっ食らう時間も惜しくて家を出た。空きっ腹の中を、絶え間なく流れ込んでいく朝の澄んだ空気が循環していく。  今までの俺ならば、きっと早々に諦めて二度寝を決め込んでいた。それが今は死ぬ思いで校門を潜ろうとしている。不思議なことに、自分でもどうしてかわからない。  ――けれど、もしかしたら……。あいつに会いたいからかもしれない。隣の席で、いつも柔らかく笑っているあいつが、みたいから。  そんなことを、全速力で走りながらいちいち考えられるはずがない。うまくイメージできず、濡れた水彩画のように崩れていったイメージの復元を後回しにして、残りの推定五百メートルのコースに意識を持っていく。汗が身体を回り、引きつって痛い腹を抱えて、足をがむしゃらに前へ、前へ。  自分を物理的に突き動かすそれの正体は、結局わからずじまいだ。
/426ページ

最初のコメントを投稿しよう!

147人が本棚に入れています
本棚に追加