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ガラガラ、と引き戸が開く音がした。何の気なしにいじっていた携帯から顔を上げると、担任の先生がノロノロと入室する姿が見えた。教室のざわめきは、一向に収まる様子がない。担任が教卓を出席簿でバンバンと威圧的に叩いてようやく、それぞれが自分の席に戻り始める。そんな怠慢な行程の間にも、彼はまだ来ていない。
何しているんだろう。もしかして、まだ寝ているのかな。
彼なら、大いにあり得ると思った。授業中、ふと隣を見るとまぶたを閉じていて、無防備にそっと開いている口元。もう頭の中で思い描くことができるくらいに見慣れた光景だ。本人は起きていようと精一杯努力しているらしいけれど、残念ながら功を奏してはいない。
「じゃ、出欠確認するぞー。伊藤」
一番の伊藤君から順番に名前が呼ばれていく。"は行"が呼ばれ始めるにはまだ少しあるけれど、それまでに滑り込めるだろうか。何だか私がドキドキしてきた。
「泉堂」
「あ、はい」
声が、思わず上ずってしまった。教室に悪意のない笑い声が一瞬広がって、私は俯いてしまう。前の席の秋那が、からかうように歯を見せていた。
「張本」
「はい」
とうとう、後一人の所まで来てしまった。ああ、さすがに間に合わないか……。そっと息を吐いたその時、後ろの引き戸が勢いよく開いた。その人を見て、私は心の中で一気に表情をほころばせた。
(よかった。本当にギリギリだったね)
「樋渡、いいタイミングだな」
「す、すんません」
息も絶え絶えにそう絞り出す彼――樋渡くん――が私の隣にようやく着席する。パッと目があった私たちは、控えめに笑い合った。
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