胎動

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§  席に着いてからもまだ荒い息が治まりそうにないが、それでもやはり泉堂の笑顔を見ると苦しさはまるで感じなくなった。こんな具合に現金な影響を俺に及ぼすことから察するに、充分な原動力として俺の中に存在していることは明らかだ。 「汗、スゴいよ。これ使って」  ショートホームルームから授業に移行して静かになった周囲に熔けるような、泉堂の囁き。そっと白いハンカチが差し出された。 「いいのか?」  うん、と頭を振って即答する。ご厚意に甘えることにして、小さな手からコットン地のハンカチを受け取った。シミ一つない綺麗なそれを顔に持っていくのを一瞬ためらってしまうけれど、あらぬ誤解をされないように、一気に顔面を埋めた。火照った皮膚に、生地が冷たく感じる。浮かんでいた汗が消えていく感覚が心地よい。ふと鼻を利かせると、そこから香ったのは、主に洗剤の香りだ。しかしその奥には、間違いなく泉堂の匂いも混ざっていた。こんなことに確信を得るなんて気持ち悪いと思われるだろうが、俺は自分でも不思議なくらい、わずかに鼻腔を漂うそれらを感じとることができた。 「サンキュ、洗って返すよ」 「いいよ、別に。私もう一枚持ってるから」  そう言って泉堂はブレザーのポケットからまた同じ白いハンカチを取り出した。
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