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眠ってからは、ボロボロな体調のわりに良い夢を見ることができた。せめて夢の中だけでも、と神様が情けをかけてくれたのかもしれない。
夢の世界は、今はもう散ってしまっている桜が満開で、風がそよぐ度に薄い桃色の花びらが雪のように降っていた。桜の木は川沿いの歩道に軒を連ねるように続いていて、晴れ模様の空の青をきれいに映している川面と、見渡す限り続いている桜並木が息を飲むほど素敵だった。
その道は、私と、私の隣にいる男の人しか歩いていない。車も通りかからなければ、犬や猫もいない。夢の世界は、正真正銘の二人きりだった。
夢の中の男の人の顔は、よく見えない。なんというか、ゴーグルも何もしないまま水の中に潜ったように、その人だけが世界から切り取られたようにぼんやりと見えた。けれど、不思議と嫌な気分じゃない。むしろ、ずっと一緒にいたいとさえ、夢の中の私は思っていた。
そうだ、きっとこの人が、私の運命の人なんだ。そんなメルヘンチックなことを、歩きながらぼんやりと考えた。
ねえ、ちゃんと顔を見せてよ。私がそう言うと、彼はおかしそうに笑う。笑った瞬間だけ、その表情がクリアに映し出される。私の、よく知る顔が。
不意に、ガシャンと何かが倒れるような物音がして、私は夢から引きずり出された。
『ごめん、起こしちゃったな』
瞼を擦り、せっかく良い夢を見ていたのに、と思って目を開けると、そこには樋渡くんがいた。
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