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『ああ、樋渡くん』
深く息を吸って、けれど力ない声で私を見下ろすその人の名前を呼んだ。
もしかしたら、夢で会った運命の人は、樋渡くんかもしれない。
まだ覚めきらない頭は、そんなとんちんかんなことを考えた。今思えば、本当に何を考えているんだろう。
それから、何か二言三言話したような気がするけれど、うまく思い出せない。悲しい気持ちにもなったような気もするけれど、やっぱり思い出せなかった。
『そういえば……樋渡くんも、具合悪そうだったよね。それで保健室に来たの?』
『ああ、いや、違うよ』
ぼんやりとした視界の内にいる樋渡くんは、どうしてか言葉に詰まった。
『泉堂に、会いに来た』
そして、ビックリするくらいまっすぐに、そんなことを言ってのけた。元々赤くなっていたであろう顔が、火を噴きそうになる。私は一気に恥ずかしくなって、布団で口元を隠す。ともすれば、嬉しくてニヤついてしまいそうになるくらい、破壊力のこもった一言だった。
彼自身も口にして恥ずかしくなったのだろうか、そこから急に、美術の課題の話になった。どうやら、ゴールデンウィーク明けの月曜日に提出しないと、成績が大変なことになるらしい。
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