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「そう、かなあ」
「そうよ」
瑞季が言うには、前までの私なら、『好きな人』というワードが出ると、食って掛かるように反論していたらしい。多少の誇張はあるかもしれないけれど、確かにその通りだったかもしれない。彼女からしたら、さぞ張り合いがなくなったことだろう。
「もしかして、まだ気付いてないなんて言うんじゃないでしょうね」
「……」
私が何も言えないでいると、ギイイと椅子を鳴らして背もたれに体重をかけてこちらを見た。
「あんた、樋渡君に惚れてるんだよ」
ずばり、心の臓を貫かれたような一言を浴びせられたにも関わらず、私は口を開けなかった。
気付いていないわけでは、ない。瑞季に言われるまでもなくきちんと、彼のことは意識している。ただ、まだ『彼のことが好き』という実感は、私の中にはなかった。自分でもどう表せば良いのか、よくわからない。
例えば、普段から樋渡くんと話をしていたら(そのほとんどは、授業中にこっそりとしているものだけれど)、とても楽しい。会話の内容は取るに足らないことでも、話している時間そのものが、私にとってはかけがえのないものだ。それはつまり、彼のことが好きだから。今の私は、そこで感情がストップしてしまっている。うまく表現できないけれど、俯瞰的にしか二人の距離感を考えらずにいるのだ。
--きっと、何か一つのきっかけがあれば、そうすれば、歯車は回り出す気がする。私には、そんな予感がしていた。
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