春嵐

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 それでもとりあえず、泉堂の方からこうしてメールを送ってくれて、まずは安心した。もう一度、寝転ぶ体勢を変えてその丁寧なメールを熟読し、ボタンを押して返信メールの作成に取りかかる。まずは、何も決めていなかったことに対する謝罪から入った。  三十分ほど試行錯誤しながら、どうにか泉堂に向けるメールを打ち終えることができた。最後にもう一度、打ち間違えや怪しい表現がないかをしっかり確認し、意を決して送信ボタンを押した。無事に相手に届けられたことを確認すると、俺はふう、と息を吐いた。携帯をカーペットの上に放り投げ、再び目を瞑る。そうすると、今度は"泉堂からメールを貰った"という事実がようやく、自分のなかで具体的なイメージを持ち始めた。それは何だかまるで、少しだけ世界が色を帯びていくような、そんな意味合いがある。何か物事が、一歩前に進んだような、そんな意味合いが。  ふと、慶次が言った言葉を思い出した。泉堂は男とメールアドレスを交換したり、どこかに遊びに行こうという話は、まずすることがない。たしか、そんなことを話していた気がするけれど……。 (今の俺って、もしかしてどっちもクリアしているんじゃないか?)  自分でそう考えながら、クリア、という表現は適切ではないように思えた。まるで、ゲームか何かみたいじゃないか。
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