case3.庶務

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すり、と目じりを指でなぞる。 灰谷の目に、火が宿る。 多分、もう待てが効かなくなるだろう。 ……いや、そもそも命令している訳ではないのだけれど。 それなのに彼は、毎度毎度良い子の後輩の顔をしてやってくる。 そして俺の顔色を窺いながら、後輩から恋人へを変わるタイミングを窺う。 「今週もよく頑張りました」 目元から、耳に被る髪を撫で梳く。 すると手に顔を擦り付けるように灰谷が動く。 そのまま俺の手を掴み、自分の口元へと滑り動かした。 唇を手に押し付けながら、真っ直ぐな瞳が俺を貫く。 掌に伝わる熱は熱く、 溶かされそうだ。 思わず喉を鳴らした次の瞬間、あっさりと手が解放された。 そして灰谷は飛びつくように、今度は手でなく胴体へ手を伸ばしてくる。 「ミツル……っ!」 先輩もさんも飛び越え、いきなり呼び捨てだ。 胸元に擦り寄り、ぐりぐりと頭をうずめてきた。 「……何かこれ、においつけてるみたいだな」 「つけてるんですよ」 何でそんな事を?と疑問に思うと、彼は頭を擦り付けたまま続けて答える。 「だって会長とか会計さん、香水つけてるじゃないですか」 「?そんなにきつくは無いと思うけど。 2人に密着する機会とか無いし……」 そもそも今日はあんまり姿すら見ていない。 「でも部屋の残り香の移り香があるんですよ……!」 「犬かっ!」 思わず叫んでしまった。 彼の鼻は一体どれだけ利いているというんだろうか。 彼らの名誉の為に言うが、2人とも決して不快な程の人工的な匂いを振りまいている訳ではない。
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