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……喋る事ってこんなに難しかったっけ。
どうして上手く話せるよう、治さなかったんだ。
小さい頃から今まで、時間はいくらでもあった。
それでも極端に無口でも大した問題は無いと、勝手に決めて諦めていた。
この場にもし拓斗だけだったなら、一言位言えたはず。
そうしたなら、彼なら俺の言葉の続きを待ってくれる。ちゃんと話せるのに。
大勢の人たちの会話に、どうしても口をはさめない。
自分の不甲斐なさに絶句する。出そうと思った音さえ忘れた。
そうして立ち尽くしている間に、生徒会の人たちやその周りをどうにかするために委員達が。
引っ越しの為に拓斗と護衛って事で副委員長と数人が風紀室を後にした。
残ったのは、交代する人が来るまで留守を任された川添くんだけだった。
彼はジッと俺を……黒い瞳で見つめてくる。
濁ったような、しかし輝いているようにも見える目は、正直言って怖い。
唇は緩やかな弧を描いていて、俺が視線を返している事に気が付くと開いた。
「ねえ、本当は好きなんですよね」
にまーっという擬音が似合いそうな表情でそう言った。
無表情ながらに狼狽える俺に、ますます笑みを深めた。
「俺、解っちゃうんですよね、そういうの。男限定ですけど!」
主に同年代と渋い系限定ですけど!とさらに条件を絞ってくるが、俺から読み取れるのは相当精度が高いと思う。
「大丈夫です。何か訳があるなら協力しますから。無くてもそれはそれで協力しますから」
さ、お話しなさい。とお茶菓子を差し出しながら慈愛の笑みを浮かべている。しかしその口元にやっぱり何故だか恐ろしい物を感じた。
個包装のクッキーを受け取り封を切りながら、俺は口を開く。
ここはどうにか話さなければ。
もしかしたら、嫌悪感は無いという事だけでも代わりに告げてくれるかもしれない。
拓斗と違う部屋になってしまったら2人になる事は減るだろう。きっと、上手く話す機会を作れないだろうから。
だから人づてにでもそれだけは伝えたい。
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