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第三節ーーー近衛 由季
「寒い寒い寒い寒い!いくら何でも寒すぎんのよこの家は!」
少女は騒ぐ。
活発そうな様相をした子であった。
年は十代後半といったところ。
肩までのショートカットをなびかせて、癇癪を起こしたように家の中を騒ぎ立てる。
「加藤!あなたどこに行ったのよ!」
少女が呼ぶのは、老齢の域に達した執事だ。
とある有力な地主の一人娘である彼女は、付き人を何人も抱えている。
その中でも、もっとも長く過ごしてきた付き人であり、彼女がもっとも信頼を寄せるのが加藤 源重郎その人であった。
通常、彼女が呼び鈴を鳴らせば加藤は一分以内には現れる。
それがどうしたことだろう。
呼び鈴を鳴らしてすでに一時間半。
現れる気配もなく、ただ茫洋と時間が過ぎている。
「まったくーーー、もう年なのだからといって、ぶっ倒れていたりしても同情なんかしないわよ」
そうやって毒づいていたりしても、こうして早歩きにきちっと様子をみにくるあたり、彼女の行動とは裏腹な心配心が見て取れる。
ふと、外の様子をうかがい見ると、窓のサッシに雪がこびりついていた。
「ああ、道理で寒いはずよね」
物音一つしないその廊下。
ペルシャ様式の文様をかたどられた赤い絨毯は、足音のいっさいを吸い込んで静まりかえる。
自らの呼吸音だけが響くその世界で、彼女はふと、降り積もるその雪共に見ほれていた。
「・・・・・・感傷的なのはいいことではないわね。ノスタルジーは去る人の足さえ縫いつける」
そうつぶやいて彼女は足早に去っていった。
・・・・・はずだった。
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