第一章

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※ここから先は三人称です。 第三節ーーー近衛 由季 「寒い寒い寒い寒い!いくら何でも寒すぎんのよこの家は!」 少女は騒ぐ。 活発そうな様相をした子であった。 年は十代後半といったところ。 肩までのショートカットをなびかせて、癇癪を起こしたように家の中を騒ぎ立てる。 「加藤!あなたどこに行ったのよ!」 少女が呼ぶのは、老齢の域に達した執事だ。 とある有力な地主の一人娘である彼女は、付き人を何人も抱えている。 その中でも、もっとも長く過ごしてきた付き人であり、彼女がもっとも信頼を寄せるのが加藤 源重郎その人であった。 通常、彼女が呼び鈴を鳴らせば加藤は一分以内には現れる。 それがどうしたことだろう。 呼び鈴を鳴らしてすでに一時間半。 現れる気配もなく、ただ茫洋と時間が過ぎている。 「まったくーーー、もう年なのだからといって、ぶっ倒れていたりしても同情なんかしないわよ」 そうやって毒づいていたりしても、こうして早歩きにきちっと様子をみにくるあたり、彼女の行動とは裏腹な心配心が見て取れる。 ふと、外の様子をうかがい見ると、窓のサッシに雪がこびりついていた。 「ああ、道理で寒いはずよね」 物音一つしないその廊下。 ペルシャ様式の文様をかたどられた赤い絨毯は、足音のいっさいを吸い込んで静まりかえる。 自らの呼吸音だけが響くその世界で、彼女はふと、降り積もるその雪共に見ほれていた。 「・・・・・・感傷的なのはいいことではないわね。ノスタルジーは去る人の足さえ縫いつける」 そうつぶやいて彼女は足早に去っていった。 ・・・・・はずだった。
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