1.Speak To Me

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 昭光駅は「テラス」という大きな駅ビルを持ち、沢山の路線が乗り入れする大規模な駅で、周辺に学校が多いので、学生向けに作られている。「テラス」の内容はにブティックと食料品、雑貨屋が主なので、道乃はこれまでに数回しか足を運んだことがない。その数回も、秋田に連れられて行ったのである。道乃にとってはどれも同じで退屈なものに思えたが、秋田は大層満足そうだった。一応「テラス」にも書店はあるのだが、駅のホームのものと品ぞろえがたいして変わらないので、そこにも用がない。昭光駅の東口にその数倍の規模の紫陽花堂というチェーンの書店があるせいだろう。  道乃たちは改札を出て、紫陽花堂に入店した。道乃は母の仕事の影響もあって、幼いころからよく本を読んだ。8歳ぐらいになるまでは、母や学校から与えられるものばかりであったが、次第に自分の趣向が構築されていき、中学生になってからはほぼ毎日書店に足を運んでいた。好きな作家は何人かいて、新刊が出ればそちらを優先して読むが、それを除けば濫読をしている。ジャンルに縛られず、気になったものを手当たり次第読むことが彼女のスタイルであった。そうすることで、好きな作家を増やしていた。今日は、その中で見つけた(と言ってもその作家の名前は有名で、道乃も以前から存在は知っていた)作家の本を買うと決めていた。  紫陽花堂は商品の配置がしっかりしているので、すぐにそれを見つけられた。スティーブン・キングの「夕暮れをすぎて」という作品だ。これは彼にとって5作目の短編集「Just After Sunset」の前半部分を翻訳したものだ。道乃はこれまでに彼の作品は短編集と長編あわせて3作しか読んでいないが、道乃はその作品たちを気にいっているので、この作品に期待していた。  道乃がその本を手に取るのを見て、秋田が話しかけた。 「その人ってホラー作家だよね。皐月って怖いの平気だっけ?」 「いや、苦手だよ。でも何でかはわからないけど本だと大丈夫」 「テレビの心霊特集とか弱いもんねー」 「うん。私は買うもの決まったけど、美雪は?」 「あー、今日はいいや。皐月と違ってお金が……」
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