6人が本棚に入れています
本棚に追加
道乃の両親は共働きだ。朝早くに出勤し、夜遅くに帰宅する。道乃が両親と顔を合わせるのは、休日である土曜日と日曜日、祝祭日だけだ。しかし道乃がそれを不便だと思った事は一度もなかった。
食事を終えた道乃は、食器を洗い寝巻と鞄を持って洗面所に向かった。寝巻を洗濯機に入れた後に歯を磨き、顔を洗う。するとそこで、今まで淡々と作業を進めてきた道乃が手を止めた。鏡に映る自分に視線を向けたまま。
道乃はしばしば若い頃の母親に似ていると言われた。道乃自身はそんな自分の顔が気に入っていた。可愛いさや美しさは関係なく、ただ母親に似ていることが嬉しかったからだ。道乃は寂しげな表情で鏡を見つめた後、タオルで顔を拭いて玄関に向かった。
道乃は時々、不安に思う事がある。長い間顔を合わせなかったとしても、子が親を思う気持ちは変わらない。しかし逆はどうだろうか、と。道乃は子であって親ではない。だから、親の気持ちは分からない。分からないが故に、不安になる。しかし道乃の不安とは裏腹に、両親は一度として道乃を避けたり蔑ろにした事は無かった。
道乃は、自分の両頬を軽く叩いた。そんなことを考えても意味が無い。お母さんとお父さんが自分を嫌う訳がないじゃない。少し赤くなった顔を見ながら、道乃はそう自分に言い聞かせた。
その後道乃はタオルで顔を拭き、髪を丁寧に梳かした。梳かし終えた道乃は鞄を持って玄関に向かった。下駄箱から高校指定のローファーを取り出して履き、扉を開く。
暖かな春の陽気が、道乃を包み込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!