深淵の紫水晶

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だがそれも、瞬きの間に満たない出来事だった。 足許から膨れ上がった黒い影が、全方位に広がっていく。 巨大な生物の腹の中に、飲み込まれるよう。 「マグダレーン!」 張り上げた声は反響する事もなく、虚しく溶けて消えて行く。 五感の全てを狂わせるような空間に、じわじわと恐怖心が舌を出す。 脱出口を開こうと放った魔法は、軌跡を描く事なく消滅した。 絶対の虚無。 自分の鼓動と呼吸音しか聞こえないこの場所は、底の無い沼のようだ。 「落ち着いて……焦ったら駄目です……」 文字通り自分自身に言い聞かせ、セレスは気を散らす為にもマグダレーンの言葉にヒントが隠されてはいなかったかと思い返してみる。 けれど、五感を奪われた状況下では、まともに思考を巡らせられる訳がない。 この時のセレスは、パニックに陥りそうな自分を律する事に必死で、まだ気付いてはいなかった。 時空の牢獄のようなこの空間が、どんな作用をもたらすのか。 何とかここから出なければと、その事しか考えられない。 滅茶苦茶に魔法を放つセレスの脳裏に、近しい者達の顔が浮かんでは消えた。 ―――― 足音も荒く、建物の内部を突き進んだイーグルとルイは、共に扉を破壊する。 爆音を立て、硝煙を撒き散らしながら吹き飛ばされた扉は、施された結界を物語るように被害を最小限に留めた。 戸の向こうには、燭台の明かりだけが灯る薄暗い部屋。 グランシアの言う通り、確かにマグダレーン・ハーグリーはそこに居た。
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