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右手にぶら下げた必要最低限の物だけ詰めたハンドバッグに目を向けた。
『楓(かえで)は肌が弱いのだから、ちゃんと傘は持っていきなさいよ』
数時間前に別れた友人の奈菜(なな)に言われた言葉を思い出す。あの時、奈菜の見透かしたような、突き刺すような視線に、僕は目をそらしながら「うん」と頷いたけど、ご覧の通りバッグの中には傘なんて入っていない。おかげでこの有様だ。
『まったくあなたは……。少しは自分のことを理解しなさい』
奈菜の小さいながらも力のこもった怒声が聞こえたような気がした。それは幻聴に違いないけど、きっとこの現状を伝えると寸分違わぬ言葉を告げられる自信がある。
「……日傘、持っとこう」
すこーしだけ寒気を感じて、そう心に決めた。……ま、まあ、遥(はるか)からもらった日傘ならそんなに重くないし、きっと邪魔にならないはず。
奈菜同様に中学の頃からの友人である遥からもらったその日傘は、以前誕生日プレゼントとしてもらった物で、見た目はちょっと骨組みが太く、取っ手部分が曲がってないだけの普通の日傘なのに、傘をたたむと布部分が奥に収まって竹刀のように使える特殊な構造のものだ。遥が言うには、中軸や骨組にガラス繊維の入った強化プラスチックを使っていて軽いのに硬い優れもの(?)なのだとか。もちろんそんな変な傘が一般に販売されているはずもなく、オーダーメイド品らしい。高価なものだろうと思い、いくらしたのか聞いてみたけど、遥は教えてくれなかった。
もらったときは「傘を竹刀に、だなんてそんな子供じゃあるまいし……」と困惑したものだけど、既に傘以外の用途で二、三回どころじゃなく使用しているので、今じゃなんとも言えない。
『二つの意味で護身用ってことで。楓は体弱いんだから、どうせ使うならアタシの傘を使いなよ』
残念。あの日傘は昨日引っ越しトラックに積んでしまって、もう椿(つばき)の元に届いてる頃だ。僕の手元に日傘なんてない。とは言え、それが失敗だった。
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