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『でも……』
「姉の僕を少しは信じなさいっての」
ほんの少しだけ言葉に力を込めた。あまり聞かない僕の声色に椿は押し黙り、少し間を開けてから渋々といった様子で了承した。
『……わかった。けど、もし迷って道が分からなくなったら電話して。すぐに迎えに行くから』
「りょーかい」
「その必要はない」という言葉を飲み込んでそう返事すると、椿は安心したのか二言三言話してから『ばいばい』と言って電話を切った。
「妹に迷子にならないかと心配される姉、か」
まったく姉としての威厳の欠片もない。これからは身長以上にこっちのほうが大きな悩みになりそうだ。
そのまましばらく考えていると目的のバスが到着したらしく、空気の抜けるような音とともにバス後方のドアが開いた。ベンチから立ち上がりつつドア横に表示された経由地を確認し、整理券を受け取って乗り込む。
バスには数人乗っているだけでガラガラだった。僕は運転席から2つ目の窓側に座る。僕が座るとほぼ同時にドアが閉まり、バスは動き出した。
流れる町並みを眺めていて、ふと窓ガラスにうっすらと映る人の顔に気付いた。
「椿に会うのは何年ぶりだろ。楽しみだね、柊(ひいらぎ)」
語りかけたその顔が嬉しそうに笑っているように見えた。
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