太陽の翼

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「さあ、モツ煮と松茸だ。飲み物はミネラルウォーターしかないけど勘弁してくれ」 友松屋の親父はますますのご機嫌で、大皿小皿を次々とテーブルへ運んで来る。 「手伝います」 立ち上がったシオンの体をすり抜けたのは、記憶の中のサトゥーマ・ゼアンネ。 ブレーン宇宙論。背表紙にそう書かれた分厚い本を雪也達のテーブルに置き、琥珀色の瞳の目を大きく見開いて、まず始めにアルミナ・ジャーンに噛み付いた。 「アルミナ。キランもサフスも、日本に対して多額の債権放棄を行い、新物質に関する技術公開を漸くこの国は始めた。けれども、ことラムダに関してはどうだ? 太陽の翼計画の研究生に私達を呼んだはしたが、お前はラムダの実物をみたか? 見てはいない。毎日毎日、斥力理論の講義を聞かされるのみで、ラムダの何たるかを、小指の先程も教えられてはいない」 アズのイメージの中のサトゥーマを、今度はシオンがすり抜けて、テーブルにミネラルウォーターを置く。 シオンが友松屋のカウンターの中へ引き返すと、サトゥーマ・ゼアンネは、まだ20歳前後のラスカ・ラスカの方へ、首を伸ばした。 「ラスカ。お前の国キランと私の国サフス。互いにこの世界の実力支配を目指し、それぞれが高い塔を築いている。それをラムダを独り占めしようとしているこの国は陰で笑っているんだぞ!」 「そんな事は無いだろう。サトゥーマ、お前は考え過ぎだ」 ラスカ・ラスカに軽くあしらわれた琥珀色の瞳は、少しのたじろぎの後、雪也に視線を向けた。 「柳、頼むよ教えてくれ。そもそもラムダってのは何なんだ?」 全ての調理が終わったらしい。 友松屋の親父は〈本日閉店〉と書いた紙をドアに貼り付けると、冷蔵庫から冷えたビール瓶2本を取り出して、今と過去が入り混じるテーブルの椅子を引いた。
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