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大陸の南の朝市である。
毎日野山の花を摘んで、決まってそれを噴水の隣で売る小さな女の子がいる。
そしてこれも決まって、女の子から毎日1輪だけ花を買う、油で汚れた作業服の男がいる。
その男が今朝はどうした事か、女の子の前を幾度も素通りするばかりである。
どうやら、1輪の花を買う分の金を持ち合わせていないらしい。
どうして今日は男が笑掛けて来ないのだろう。女の子にはわからない。
どうしてなのだろう?
女の子はそれが分からなくてもじもじしている。
サフスタワーから、遥かに離れた東海岸近くの朝市である。
サフスタワーは6000mの1/3を失った。
崩れ落ちた鉄骨が、山の斜面を次々に滑り落ちて行く。
新月号は翼にも胴体にも長い鉄の塊を突き刺した姿で、塔の柱脚に爪をたてている。
《ザ──ツ、新月号、ありがとう。もう飛びたってくれ。このままではあなた達も塔の崩壊に巻き込まれてしまう》
タワーの制御室からの思考波である。
「こちら新月。まだ頑張れる。残りの人員の数を教えてくれ!」
《ザ──ツ。7人だが我々はもう良い。我々の思考波は塔の基礎を支えている物だ。避難は出来ないのだよ‥‥‥》
遠く地平線から朝陽が昇ろうとしている。
落ち行くタワーの残骸に紛れて、力尽きたラムダの粉が舞っている。
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