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パン、パン──
晴れた初冬の午後、ダッホイの旧市街の煉瓦造りの壁に、乾いた火薬の音がこだまする。
「えっ」
咄嗟の事に、アズはシオンの両手を確認した。
「わ、私じゃないから!」
勿論、さっきアパートで見たセミオートマなど、シオンは手にしてない。
「アズ、あれ!」
アズはシオンが指差した方を振り向き、事の成り行きを納得すると、舌の上で転がしていたマスカットのキャンディーを、奥歯でガリリと噛み砕いた。
中央広場に面する8階建てのホテルのベランダから、見下ろす隣の屋根に向けて、3、4人の若者が銃を構えている。
パン、パン──
また銃声。
弾丸が目指したスレートの屋根の上には、次の屋根に飛び移る緑色の髪の少女。
パン パン──
3度の銃声だが、少女は屋根の上を走り続ける。
「アコーサを上手く使っている」
そう言った時には、アズも駆け出していた。
「ロマァさん、シオンを頼む!」
止まらない。
ホテルのベランダからは、緑色の髪を追って、男達が屋根に飛び降りた。
最後の男が屋根のスレートに足を着くと、ホテルの分厚いカーテンの後ろから、長身のヒゲが姿を現す。
鼻の下で左右にピンと伸びたヒゲ。
「右側のヒゲ、右側のヒゲ、ロマァさん! シオンをよろしく!」
何がヨロシクなのか、アズは走る事を止めない。
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