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「さあ、入りたまえ」
ベージュのコートはアパートのドアを開けると、アズとシオンを部屋へ入れた。
石貼りの床の2DKである。
男が言った通り、リビングの四角いテーブルには、肉料理や魚料理がわんさかと皿に盛られている。
「上着を掛けよう」
男は2人からダウンジャケットを受け取り、次室の洋服かけにそれを丁寧にぶら下げた。
「中央銀行に務めているトマス・カーカーと言う。院を出てからひたすら働いてきてね、初めての長期休暇が取れたからダッホイに来た」
「ヤナギ・アズです」
トマスはそれに頷き、アズの前にあるグラスへ透明な炭酸水を注いだ。
「タニグチ・シオンです。17才です」
トマスはそれにも頷き、同じように炭酸水をついだ。
「日本の子とは珍しい。いや懐かしいなぁ、院の卒業旅行で行ったんだよ東京。もう15年以上も前の話だけどね」
初対面だというのに話を途切れさせない。
トマスはカウンターから透明な蒸留酒の瓶を手に取り、自分の椅子に座った。
キランの人々が好むその透明な酒を小さなグラスに注ぎ、一気に口の中へ押し込んだ。
「楽しい夜になりそうだ」
トマスは空いたグラスをテーブルに置き、とろとろと光る肉料理を小皿に取り分けた。
壁の時計の針は、夜の9時を指している。
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