―第壱章―

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ガタンゴトン……ガタンゴトン…… 「――ん……うぅ……」 ――電車の規則的な走行音に、《青年》はふと目を覚ました。 車窓の景色は紅葉深い山間から、いつの間にか計画的に整備された都市のものに変わっている。 ……青年は流れゆく景色に目を細め、小さく欠伸をした。 僅かに開いた窓から吹き込む、秋の風に揺れる繊細な髪。切れ長で涼しげな瞳、陶磁器のように白い肌―― 女性と見紛うばかりの《美貌の青年》である。 彼は旅行鞄から大判の茶封筒を取り出すと、中に入っている秋桜(コスモス)の模様が美しい便箋と、 『私立蒼天(そうてん)学園高等部』 のパンフレットを眺めた。 便箋には、習字の手本をそのまま移したような丁寧な毛筆で文 (ふみ) が記されていた。 ――青年が史上最年少で【第一級陰陽師資格】を取得 したこと。 稀有な才能を持つ陰陽師に認められる 『安倍晴明』 という名を襲名したことに対する祝辞。 転校先への手続きが完了したこと。 彼が転居先で住む事になる屋敷の『管理人』とは話ができている旨の報告――。 ……簡潔だが気遣いの感じられる文。 その手紙の最後に一首の歌が記されていた。 ――『 別れをば 山の桜にまかせてむ 留めぬ留めじは 花のまにまに 』 [別れは惜しい。しかし、私は君を引き留める事ができない……だから、君が行ってしまうか、留まってくれるか は……山の桜が散るかどうかに任せよう――。] そんな趣旨の歌である。 「兄上も洒落たことを……」 青年は同封された秋桜の押し花を手に苦笑した。
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