―第壱章―

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その時、車両の奥から男が大きな声で話ながら歩いてくる。 青年はちらと声の方に視線はを向けて眉を顰めた。 「ですから、お嬢様。そのように焦らずに――近いうちに必ず『効果』が――。ああいうモノは時間が掛かりまして。はい……それはいつかと申されましても……」 通路を、キャリーバッグを引いた男が携帯電話片手に歩いてくる。 髪を七三に分け、地味なスーツを身に付けたビジネスマン風の男だ。 小太りで背が低く、目は細いが人の良さそうな風貌をしている。右目には今時珍しい丸い片眼鏡(モノクル)をはめていた。 「ええ……ええ。お任せください。では、またうかがいます。『先生』によろしくお伝えください」 男は返事をしながら相槌のように頷き、やがて電話を終えるとため息混じりに携帯電話をたたむ。 「――相席、宜しいですかな?」 青年の前に来た男は、にこやかな笑みを浮かべて青年の隣の席を指差した。 青年は軽く周囲を見渡す。 確かに空いている席は自分の隣だけのようだ――青年は軽く肩を竦めて了解の意思を示した。
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