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宿に到着すると、母親世代の優しそうなおかみさんが部屋まで案内してくれた。
「東京ですか、遠いところからよくいらっしゃいました、雪にびっくりしたでしょう」
「道の両端はもう雪の壁ですね」
笑顔で答えるハルとおかみさんの会話を俺は黙って聞いていた。
基本的に初対面でのコミュニケーションは大の苦手だし、ハルが得意だからどこへ出かけても大抵任せきりで、俺的には大変有難い。
おかみさんが煎れてくれたお茶をいただき、その温かさが冷えた身体に染み渡ったところで、ハルが貸切風呂の時間を決めようと言い始めた。
げ、何も今決めなくても。
お茶うけのお菓子を口に入れながら好きにしたらとボソリと答えると、おかみさんと目があった。ニコリと微笑まれ、とたんに顔が熱くなる。
大体、男同士で貸切もくそもないだろ普通。ああ恥ずかしい。恥ずかしいと思い始めたら汗まで滲んできた。ハルのやつ、浮かれて余計な事いいだすんじゃないだろうな。勘弁してくれ。
今ならまだ何時でもあいてますよと言われ、ハルは少し考えて、じゃあ十時にしようかと俺に問いかける。
「別にいいよ何時でも……あ、待った。ダメだ、芸人王者決定戦が十一時まであるんだった。十一時以降がいい」
「ええ! ここまできてテレビ優先なの」
不満げなハルと譲らない俺の会話が可笑しかったのか、おかみさんはクスクスと笑う。年齢的にうちの母親位か、それよりもう少し年配のかたかもしれない。
「ふふ、仲よしですねえ」
きっと友達同士だと思っての感想だろう。と思っていると、ハルが余計な事を言い始めた。
「時々つれないんですよ」
するとおかみさんは笑いながら、
「それはまた余計に愛しいことね」
あっはっはと笑いあう二人の会話を聞きながら、俺は猛烈に帰りたくなった。
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