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貸切風呂の時間は二十三時からという事で落ち着き、夕食まで時間があるからと、ふたりで外を散歩することにした。
先程まで吹雪いていた雪はやみ、遠くの空には青空も見える。
とはいえ空気の冷たさは関東の比ではなく、手袋を持ってこなかった事をひどく後悔した。
「あれ? 省吾、手袋忘れたのか」
ポケットから手を出さない俺に気付いたハルが呆れた声をあげる。
煩いうっかりしちゃったんだよと反論する前に、ハルは自分の左手袋を脱ぎ俺に手渡した。
「はい、これ左手にして」
言われるままに左手にはめる。おお、あったかい。
「んでもお前の左手寒いじゃんか」
そういうと、ハルは俺の右手を握り、自分のポケットに押し込んだ。
「こうしたらどっちもあったかいだろ」
ポケットの中で繋がれた手は、ぽかぽかとあったかい。
さっきからいちいち恥ずかしい事ばかりで、勘弁しろと思っていたけれど、ハルを見てたらなんだかそれも全部どうでも良くなってきた。
だってお前、めちゃめちゃ嬉しそうなんだもんな。
そりゃあ俺も、嬉しくなるよ……。
「あれ? 省吾見て、こんな時期に」
ハルが見つめる先を見つめると、ひらりひらりと、宝石みたいな蒼と黒色模様の大きな蝶が空を舞っていた。
「こんな寒い季節に蝶?」
俺の言葉に首を傾げるハル。
「随分と軽やかに飛んでいたよね……驚いた。珍しいものを見たな」
確かに。
既に姿を見失った蝶を探して青空を見上げた瞬間、目の前が陰り瞬きをした一瞬で、ハルの唇が重なっていた。
それはほんの一瞬で、ぱっと顔を離したハルを睨みつけると逆に嬉しそうに微笑むし、やってらんねぇ。
つられて思わず俺も、頬が緩んでしまった。
ああ、ばかだよな。でも、たまにはいいかな。
このくすぐったさが、嫌じゃない。
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