1章

10/43
前へ
/639ページ
次へ
すかさず、慎士が厳しい眼差しで噛みついた。 「弱気なこと言ってんじゃねぇよ。出たくねぇのか」 「そういうわけじゃないさ。宍戸家の嫡男として、社会に恩を売っておきたい気持ちはある」 あんまりな言い方だが、街の現状について、彼なりに思うところはあるらしい。 「しかし、現実問題として学園から出られないんだ。どうしようもない」 「理事長に直談判すりゃいいじゃねぇか。あの人だって、じきに救護活動をしなきゃならねぇことくらい分かって……」 「第二の神崎を生む危険を、あの聡明な人が冒すと思うのかい」 突き放すような一言に、場の空気が凍る。 彼らだけではない。クラスメートたちも、口にすることを避けていた人名に、敏感に反応している。 やはり全員、鋼介が誘拐されたという"表向き"の真相を、信じていなかったようだ。 「勝手を言うのは、確かに子供の特権かもしれないが……」 注目するクラスメートや教員を一瞥してから、素っ気なくも力のある声を突き刺す。 「大人の気持ちも、少しは考えたまえ」 言うだけ言った宍戸は、緩やかに背を向けて席に帰ってしまった。
/639ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51548人が本棚に入れています
本棚に追加