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「恩に着る、なんて言うと思っているのかい?」
「別にいいよ。礼を言ってもらうためにやってんじゃねぇし、そもそも立派な悪事だし」
「……」
じっとりと湿った眼差しを向けているが、宍戸が怒っているわけではないことを、慎士は察していた。
ほんの二ヶ月とはいえ、何度も早朝から特訓した男だ。それくらい分かる。
はたして、彼はすれ違いざまに言い置いた。
「恩に着る」
「気ぃつけてな」
言葉も動作も、笑顔さえないまま、宍戸はドアのわずかな隙間をすり抜け、廊下へ出る。
先の二人と同じく、体を屈めて中腰で行くつもりだろう。
「……停学で済むといいな」
「学校に嫌われんのは慣れっこだって」
不敵に笑う少年を見ていると、彼が全ての責任を一人で負ってしまいそうな、妙な危うさを感じてしまう。
しかし、何も言わない。彼らが自分たちを止めるのがヤボなら、自分たちが彼らを心配するのも、またヤボだ。
だから、慎士は犬歯を見せつけるように、ニッと唇を吊り上げる。
「またな」
「おう」
また会えることを祈って、別れの挨拶を交わしたら、素早く廊下へ滑り出た。
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