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やがて、タナトスは重たい唇を開いた。
「蚊を殺したことがあるか」
とても関係があるとは思えなかったが、ユーリは大人しく答えることにする。
「……あるけど」
「その時、蚊に恨みを持っていたか。自分の血を吸った報復などという、大層な企みを持っていたか」
呟くように問うタナトスは、ようやく一歩、演奏用の椅子から踏み出した。
警戒を強めるユーリは、先程から会話が成立していることに、密かに驚く。
「なんとなく不快だから殺す。蚊を殺す人間の心情など、そんなものだろう」
「……」
「私が貴様らを殺す際、抱く感情はそれだ」
タナトスは、黙りこくる少女に構わず、己の内側に渦巻くものを吐き捨てる。
「理屈めいた理由など、とうの昔に失ってしまった。ただ、貴様らが呼吸し、生を営んでいる現実が、この上なく不愉快で……」
燃えるような赤い目が見つめているのは、本当にユーリなのか。
彼女には分からなかったが、自分と微妙に色合いの違う金髪を、今にも逆立たせそうなくらい、彼が憤っていることは理解できた。
「魂の髄から貴様らを憎らしいと思うから、殺したくなるのだ」
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