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長い長い間を置いて、優は動かす。
口を、ではない。両手を覆う革手袋を、ゆっくり外し始めたのだ。
「困りますねぇ、リグベル殿」
困惑どころか、怒りも悲しみも焦りもない、ただの空気の塊と呼ぶにふさわしい、声。
そこに宿る凄絶な覇気に、軍団の最前列にいる兵士たちが、一斉に身構える。
「私の息子を見くびってもらっては困ります。確かにあの子は、まだまだ青い子供ですが……」
外した手袋は丁寧に畳み、コートのポケットに滑り込ませた。
顔を上げる。もう笑うつもりはなかった。自分の心の奥底にひしめく、どす黒い殺意を無表情に滲ませる。
「ウジ虫相手に敗北を喫するような、貧弱な子ではありませんよ」
「……答えは『ノー』ということですね」
男は軍勢の奥にいるが、気分を害していることは、ここからでも感じ取れた。
無論、なだめる気はない。そんなことをしても時間の無駄だ。
「ところで、あなた方の本家の当主殿はどちらです? 少々お話したいことがあるのですが」
「構えぃ!」
優が尋ねるのと同時に、野太い咆哮が薄暗い部屋に木霊する。
応じて、彼を囲む兵士たちが武器を構えた。
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