51527人が本棚に入れています
本棚に追加
/639ページ
糸のような目に、柔らかそうな黄色い体毛。愛嬌ある二本の尻尾が、ゆらゆらと左右に振れている。
その、動くぬいぐるみにも見えるキツネには、見覚えがあった。
「……ゴン?」
乾いた喉を通る声が、自分のそれとは思えないほどかすれていて、密かに驚く。
「やっぱり朱鷺沢さんッスか! ちょっと待っててください、すぐ注射するッス!」
嬉しそうに言うと、ゴンは時音の視界の外から注射器を取り出した。
短い指を器用に動かし、透明な薬液をセット。毛布から引っ張り出した右腕に、慣れた手つきで注射する。
チクリと走る痛みが呼び水になったように、意識がいくぶん明瞭になった。
(……『やっぱり』?)
ゴンの言葉を反芻しながら、目だけで周囲を見回す。
時音が横たわる布団の周りには、薬箱や金属製の治療器具、多種類の薬草が散在しているようだ。
にもかかわらず薬っぽい臭いがしないのは、風通しが良いからだろう。
体を動かそうとして、すぐに諦めた。骨も筋肉も、石のように固まっている。
「……ここは?」
「稲木市の、某山の中腹ッス。この辺は雑木林ッスね」
注射器を置いたゴンは、枕元に正座したまま答えた。
最初のコメントを投稿しよう!