2章

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糸のような目に、柔らかそうな黄色い体毛。愛嬌ある二本の尻尾が、ゆらゆらと左右に振れている。 その、動くぬいぐるみにも見えるキツネには、見覚えがあった。 「……ゴン?」 乾いた喉を通る声が、自分のそれとは思えないほどかすれていて、密かに驚く。 「やっぱり朱鷺沢さんッスか! ちょっと待っててください、すぐ注射するッス!」 嬉しそうに言うと、ゴンは時音の視界の外から注射器を取り出した。 短い指を器用に動かし、透明な薬液をセット。毛布から引っ張り出した右腕に、慣れた手つきで注射する。 チクリと走る痛みが呼び水になったように、意識がいくぶん明瞭になった。 (……『やっぱり』?) ゴンの言葉を反芻しながら、目だけで周囲を見回す。 時音が横たわる布団の周りには、薬箱や金属製の治療器具、多種類の薬草が散在しているようだ。 にもかかわらず薬っぽい臭いがしないのは、風通しが良いからだろう。 体を動かそうとして、すぐに諦めた。骨も筋肉も、石のように固まっている。 「……ここは?」 「稲木市の、某山の中腹ッス。この辺は雑木林ッスね」 注射器を置いたゴンは、枕元に正座したまま答えた。
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