田中和夫

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若い女の店員が口元に営業用の笑みをたたえ、先程注文した生ビールを持ってきた。 カウンター席に座る四十二歳の田中和夫はそれを一口飲んでからふうと小さく息を漏らした。 安価で量が多い事が売りの中華料理店は、仕事帰りのサラリーマン達で溢れていた。 和夫はメニュー表を広げ、視線を泳がせた。 またいつもの餃子定食で目線が止まる。数ある定食メニューの中でも、一番安い定食だ。 金があるとはいえ、人はそう簡単に変われないものだと、和夫はひとり自嘲の笑みを漏らした。 天変地異。そう言っても過言ではない出来事だった。 二ヶ月前、和夫は駅前の宝くじ売り場で、一枚の宝くじを購入した。普段から買っているわけではない。 その日はたまたま・・・・・・今思えばなぜ宝くじを購入しようと思ったのか自分に問いただしたいほど、理由のつかない行為だった。恐らく気まぐれだったのだろう。 そして、二週間前、宝くじを購入した事も忘れかけていた頃、和夫は自分が一等を当選したことを知った。 三億円――。 気が遠くなるような金額だった。知った時は、どう見てもくじの数字が合っているのに、中々信じる事が出来なかった。運営会社に電話で確認して、それが間違いでない事を知ると、今度は腰が抜けた。こんな事が起こりうるのだろうか。 何度も自分に問いかけた。 銀行と連絡を取り、手続きを済ませ、口座に金が振り込まれたことを確認すると背筋が凍った。自分が大罪を冒してしまったような、得体の知れない罪悪感が胸を支配していた。無論、罪など犯していないのだが。 その日は酒も飲まず、明け方までただただ通帳を眺めていた。 翌日から、銀行から頻繁に電話がかかってきた。融資の相談だ。続いて、株や先物取引などの会社からも資金運用の相談を持ちかけられた。
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