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閑散とした街道を猛スピードで走る漆黒のワゴン車と、それを追いかけるパトカー。けたたましいサイレンが静寂に包まれた夜明けの街に響き渡る。
「おい、もっとスピード出ねえのかよ!」
「出してるわよ!ポリスカーに勝てるわけないじゃない!」
口論を遮るように、パララララと乾いた発砲音と共に後部ガラスが粉々に砕け、同時に車は失速した。タイヤが撃ち抜かれたのだろう。
「畜生!」
「ピーター、こっち!」
横転した車から這い出た二人は狭い路地裏に逃げ込んだ。車での追跡は困難と判断し、二人組の警察官もパトカーを出て後を追う。
「はあっ、はあっ……。くそっ、見失ったか!」
肩で息をする小太りの中年警官。それを横目で一瞥した後、息一つ乱さずに若い警官が無線に手をかける。
「もしもし、本部。すみません、逃げられました。"蒼の鴉"で間違いありません。ええ、下っ端だと思います」
用件を伝え無線を切ると、警官は深いため息をついた。
「犯罪組織が、たいそうなグループ名をつくりやがって」
苛立ちを石を蹴飛ばすことで発散する。虚しい音が微睡む街の静寂を破る。
「ロバートさん、必ず捕まえましょう」
「……ふう。君の体力は底知れんな。さすが"竜騎士団"出身といったところか」
若い警官──否、若きFBI捜査官であるシーク青年は露骨に心中の嫌悪を表に出した。
「それはやめて下さい。……ピーター先輩は、俺が必ず捕らえます」
彼が躍起になって追っている、道を誤った一人の男は、かつて純粋に背中を追った先輩だった。
今も昔も、自分はピーターの背中を追っている。全く異なる意味で、とは皮肉なことだ。
「ふっ。では僕はアイリッシュ君担当だな。思った通り、彼女は美人になった。……助けてあげたかった」
シークは上官の、見たことのない悲しげな表情が少し新鮮だった。彼もまた、あの二人を追うことに執心する理由があるのはその表情を見れば想像に難くない。
勝手に一種の仲間意識が芽生え、シークは単純に嬉しかった。
「何が可笑しいんだい?」
そんな部下の様子を訝しみつつ、中年FBI捜査官のロバートはかつて"28号"と呼んでいた、"アイリッシュ"を思った。
「アイリッシュ……。それが今の君の名か」
夏のため早い日の出の日差しに目を細めながら、二人はもと来た道を戻りはじめた。
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