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「……繰り返します。朝食を食べられましたらすぐフェンシングのレッスンを十時まで、その後五分で移動しバイオリンのレッスン、それから……」
「繰り返さなくていい、覚えたから」
極上の朝食を頬張りながら、少年は不機嫌そうに言い放つ。くせっ毛の金髪を指でクルクルと弄ぶ仕草はひどく神経質そうな印象を受ける。
「マリア、下がってくれ。いつも言っているがそう横にいられては食べにくい」
「アレン様。いつも申しておりますように、ここにいるのが私の仕事です。アレン様を24時間半径三メートル以内で見守ることが旦那様より承った……」
「親父の過保護は一周回って拷問なんだよ。風呂もトイレも仏頂面なメイドが付いてくるなんて、なんて斬新な精神攻撃だろうね」
嫌みを混ぜ込んだアレンの言葉とまるで機械のように無表情なマリア。この異常な温度差のあるやりとりもここでは日常茶飯事である。
「メイド兼SPなんて心強い装備いらないから、もっと明るい遊び相手連れてこいよ」
最初は、このメカニックメイドを遊び相手にしようと奮闘したものだった。しかしそれは仏像相手に悩み相談をするに等しいズレた試みだと気づかされた。
顔色一つ変えない人間とキャッチボールして楽しいわけがない。──むしろ「あれ、楽しくないのかな……?」とか気ぃ遣うわ!
しかも油断していたらマリアの170キロの剛速球という名の弾丸に命を奪われかねない。
「申し訳ございません。確かにアレン様の命令は絶対ですが、この仕事を辞めることはお聞きできません。私の雇用規約第二十二条に、旦那様とアレン様の命令が相反した場合旦那様を優先することとあります」
「ほんと固いなお前」
溜め息を漏らすアレン。しかし今日は、彼にとって少しだけましな一日になりそうだった。
バイオリンのレッスンは週二回。そして月に一度だけ、他の生徒とレッスンのタイミングがかぶる日がある。それが今日なのだ。
つまりこの日は彼にとって唯一友達と呼べる存在と会える日である。少しだけ胸の躍るアレンだった。
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