思考犯罪

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 男はスクランブル交差点を歩いていた。すれ違う人々に、一瞬視線を送り、空を仰いだ。 「一体、どれ程の人間が、昔ここで無差別殺傷事件があった事を知っているのだろう」  男の肩に一人の男性がぶつかった。その男性は軽く会釈して、すいませんと一言言ってそそくさと立ち去った。男は上着のポケットに手を当てる。摺られた形跡はない。その事に、男は失望感を覚えた。 「この世界の狂気はかなり和らいだ。今となっては殺意を持っている人間が、絶滅危惧種扱いだ」  男は一軒の食堂に入り、そこでメニュー表をみながら、ある事を考える。それは料理の事ではなかった。 「思考犯罪さえも、許されない世の中だ。全てセキュラに監視され、全てセキュラの言いなりになる。まるで、昔読んだ小説の世界だな」  店員が男に注文を訊いた。男は適当に注文する。男にとって、セキュラの言いなりに生み出された料理などに、大差などなかった。
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