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 鏡の迷路っていうのは、あんなに進みにくいものなんですね。僕は幾度となく壁に身体をつぶけました。《痛い》と言って鼻の頭をさすると、鏡の中の僕も同じ動作をする。僕は一向にゴールに近づけませんでした。その内、気味が悪くなってきた。僕はここに閉じ込められてしまったんじゃないか、とね。《お父さん》と呼びかけてみました。だけど父からの返事はありませんでした。もうゴールしてしまったのかと、不安になりました。僕って一度不安に思ってしまうとダメな性分なんですよ。もう悪い方向にしかものを考えられなくなる。周りを見ても、不安な表情を浮かべたたくさんの僕しかいない。そしてこんなことを思ったんです。鏡に映る全ての僕は、果たして本当に同じ動作をしているのだろうかと。不安そうな表情を浮かべる僕たちの中に、不敵な笑みを浮かべた僕はいないのだろうか、憎悪に満ちた表情を浮かべている僕はいないだろうか、そんなことを思い、とにかく必死でゴールを目指しました。そして僕は見てしまったんです。僕の後ろをふとよぎる影を。  長い髪の女の人のように見えました。顔は見えませんでした。髪の毛に隠れてしまっていたんです。その当時流行していたホラー映画に出てくる幽霊のような姿でした。一つだけ違ったのは、僕の目撃した女の人が妊婦のようであったということですね。お腹が大きかったんです。  とにかく僕はパニックになってしまった。もうなりふり構わず出口を探しました。何度も壁に身体をぶつけて。その後見てみると身体中があざだらけになっていましたよ。  そして僕は、ようやくゴールしたんです。ゴールに父はいませんでした。僕はようやくハウスから出られた安堵と同時に、父のいない不安を感じました。もう一度ハウスの中に声をかけてみましたが、やはり返事はありません。僕はしばらく待ちました。もしかすると父も中で迷っているのかもしれないし、もしかすると先にゴールして飲み物か何かを買いにいっているのではないかと考えたんです。  だけど、父はそれきりハウスから出てはきませんでした。少なくとも、父がハウスから出てきたところを目撃したという人物はいませんでした。
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