ゼンダークラッシャ

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奴は僕の向かいの席に座って、スコッチのロックをちびりちびりとやりながら、脇を横切るボイやウエイトレスを片っ端からからかい、露四亜の軍人と蛇口の話やら写楽の艶本の話やら火星征伐の名将の話やらと好き勝手に話を広げている。 採点が終わって半刻程までは放置していた僕だったが、いい加減鬱陶しくなった。 「瑛鳴、少し黙っていちゃくれないかい」 すると奴は、目をパチクリとさせて大人しくなった。やっと静かになったとほっとした僕だったが、奴は五分としない内に、猫の様に口の端を吊り上げて身を乗り出した。 「珍しく口をきいたと思えば…宇波君、僕みたいに謹厳実直を絵に書いた様な男にそれは無いだろう。僕は元来目上の人間は敬うタチだし、か弱い女子供に手を上げた事は一度も無い。仕事は懇切丁寧誠心誠意がモットー、親戚連中には孝行息子の勲章まで賜っている。この話だって仕事の合間流れるラジオか蓄音機の代わりになればと思って特別に集めた一級品ばかりなんだぜ」 「…写楽の艶本の話でもか」 「そこは御愛嬌というヤツだよ、アハハハ」 その一言で、腹の底に溜め込んでいた苛立ちが沸々と嵩を増した。だが僕は、それをぐっと堪える事を選んだ。僕は元来口が達者な方ではない上、奴に言葉を発するのが馬鹿らしく思えたからだ。
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