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警官は同情するように言ってくれた。
これが一般の家庭なら、それほど苦しむことはないだろう。だが、一流には一流のプライドがあるし、世間体がある。それが、あの醜男の為に崩されたくなかった。
「いうならば、私達はアレの被害者なんです。犯罪者を同じ敷地に置いておく理由はない。出来ることなら早く追い出してもらいたい」
「本人に直談判をして出て行ってもらうことはできなかったのですか?」
「とんでもない!アレと会話すると思うだけで、身震いが起こります。まるで、鋸の刃でガラスでも研いだかのような音を濁らせたのが、アレの声です。そんな声、聞いているだけで気が狂いそうです。それに、アレはこっちの要望なんか聞く耳をもちません。いくら、金を積んでも出て行こうとしない。何年か前には、私達が嫌悪を堪えながら、差し出した数十億を、アレは私達の目の前で火を点けて、ニタニタと笑っていたのです」
「本当にとんでもない奴ですね」
「そうなんだ。もはや、私達の手におえない。だから、あなた方、警察に通報した次第でして」
「分かりました。やってみましょう」
警官は、心強く私に言ってくれた。私は一応、安心して喜んで見せたが、内心では本当に追い出せるか、どうか疑問に思っていた。
私は応接間に戻る前、シャワーを浴びた。一時とはいえ、アレと同じ場所にいた。思い出しただけで吐き気がした。服は、気に入っていたが、即刻、ゴミして焼却処分するしかない。洗濯をいくらしても、アレの匂いが消えるとは思えないからだ。何より、この服を着ていると、アレと一緒にいた記憶を思い出しそうで嫌だった。
シャワーを浴び終えると、全身によく消毒液を塗りつけ、妻が愛用している高い香水を吹きかけた。鼻が曲がりそうな匂いであるが、それでもまだアレの匂いがとりきれない。もう一度、シャワーを浴び直し肌が赤くなるまで、念入りに洗うのだ。
そんな作業を二、三度繰り返してやっと、私は応接間に戻った。応接間に戻ると、妻が自慢の紅茶を用意して待っていてくれた。
「どうでした?」
「警察は一応、アレを追い出すと約束してくれた。だが、どうなるか分からない」
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