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海上には月が出ていました。
白々とした三日月で、左下が半分ほど欠けています。水面は穏やかで、生き物が動いたところだけ軌跡のように波立ちました。
騎士のハルヤは王宮をこっそり抜け出て、一人陸地に上がりました。
正確には一人と一匹です。彼の手には黄金の聖杯に入った魚がいました。
魚の名はルルといいました。
ルルは王宮で高い地位の仕事を長く続けていました。その仕事を捨てて今夜、ハルヤを連れに旅に出ることに決めました。
王宮は海の深いところにあります。鱗のある青色の魚たちが支配階級となり、秩序立った暮らしを営んでいます。海底火山が近くにあるため、年間を通して温かく、珊瑚が陸上の花のように咲き乱れるさまは楽園のようです。
ハルヤは自分たちが来たほうを振り返りました。
ちょうど大きな尾ひれが水しぶきを上げて水中にもぐるのが見えました。騎士であるハルヤのシャチが彼らを陸上に送ったあと、王宮に戻るところでした。
「あいつとは長い付き合いだども、もう見ることもねえべな」
いつまでもなまりの抜けない口調でハルヤが呟きます。
その表情は寂しさとは無縁で、どこか麗らかでさえあります。
「問題ない。馬はまた捕まえればいい」
黄金の聖杯から顔と小さな胸びれまでを外に出したルルは、冷たいとも取れる落ち着いた声で返しました。ハルヤは軽くうなずきます。
「もっともだべ」
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