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「ふわぁあああ~♪」
思わず水面に映る自分の顔を撫でる。
――今まで触ってきた感触とも少し違うような気がする。
「なんか……オレじゃないみたいだなぁ~」
自分の姿に見とれていると、近くの草影から何者かの視線を感じた。
「……誰だ!」
視線の先に身体を向け、左の拳を引き、右の拳を前にし、体勢を低くする空手の臨戦体勢を取ると、今の自分の姿を大きくしたような女性が、ニコニコしながら草影から出てきた。
「隠れてたのは悪いけれど、母親に怒鳴らなくてもいいでしょう?貴女は私の可愛い娘なんだから。ほら、睨まないの」
母親を名乗る女性はゆっくりと近づいてくると、鼻の頭を指で軽く小突く。
そして、柔らかな動きで右手を差し出す。
「ほら、帰りましょう?『アスナ』」
一見すると、女性から差し出された右手はオレに、『凉』に向けられている。
だが、自分ではない名前で呼ばれたのにも関わらず、オレの身体は警戒を解き、差し出された右手を握っていた。
「ふふ…♪すっかり素直になったわね。昔はあんなにやんちゃだったのに」
オレの着ているワンピースに付いた草をほろい、女性はゆっくりと歩きだした。
『オレ』は、この人を知らない。でも……オレの中のどこかで、『オレ』はこの人を知っていた。
「そんな素直でもないよ……ただ、大人しくなっただけ」
オレが口を開く。でも、オレの意思ではない。しかも、自分が出すには考えられない優しい声。
それは恐らく…この女性が言った、『アスナ』の言葉。
(……なるほどね…)
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