「アンパサンド」

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手鏡を手にとってそこに映ったものを覗いてみる。そこには見たことのない男が映っていた。虚ろな目でこちらをじっと見つめている。年齢は30歳近くで、ボサボサの髪がその見ためから判断できる年齢を余計に増している気がした。 他人を見ているような感覚、だがふと気がつく。この鏡に映ったものが自分そのものだと。僕が瞬きをすれば鏡の中の人間も瞬きをし、口を動かせば、同じように口を動かす。それは奇妙な感覚だった。気持ち悪くもあり面白い。 僕は鏡を元の場所に置き、側のメモの切れ端を手に取る。そこには慌てて誰かが書いたような乱暴な字で『1510=8』と残されていた。 もちろんその意味は分からなかった。これは記憶がないから分からないのだろうか。いや、こんな意味不明な数式記憶がもし残っていたとしても理解できなかっただろう。 不条理で意味を成していないこの切れ端が今の状況をより気味悪いものへとする。 そう言えばと耳をすましてみるがまるで物音一つしない、誰もいない、理解できない、理解するための記憶がない。 後頭部に激痛が走る。触ってみると右手に血が残る。固まり始めている血。この怪我をしてからまだそんなには時間がたっていない。冷静な推測がどうしてか今にもパニックになりそうな心を落ち着ける。 僕はテーブルの上に折り畳みの財布のようなものが置かれていることに気がつき、それを開く。
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