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「それで、あなたはトレーニング?」
今度はこっちから質問をしてみる。
「んあ?ああ、これ普段着」
「はい!?」
え、嘘。
「そんな驚くことじゃねぇだろ。別に中層に行くわけでもねぇんだし。……ああ、高級住宅街暮らしだから信じられねぇのか」
うん、普段着がジャージの人って小説とかの中だけだと思ってた。
一応ファッショナブルな感じはするけどね、それ。
「ジャージは結構いいもんだぜ?生地が丈夫だし、汚れても気にならねぇし何より……」
男の人は1呼吸入れて、
「安いんだよ!」
ドーン、という効果音の表記が見えた気がする。
確かに、ジャージは比較的安かったかもしれない。あくまであたしの行き付け……つまり少々値の張る店での話ではあるけど。
「オレみたいなバイト暮らしにはありがたいもんだ」
「バイト?」
あたしが訊くと、男の人は少し視線を逸らした。
しまった、という感じに。
「ちょっと人には言えない……な」
そのままそそくさと路地の奥へ歩き出そうとする。
「じゃあな」
「あ、ちょっと待って!」
あたしが呼び止めると、彼は半歩だけ振り向き、首を傾げた。
「行く前に名前だけ教えてよ」
ここで会ったのも何かの縁なんだろうし。
「名前?……響介(キョウスケ)だ。お前は?」
「あたしは姫佳。草薙姫佳(クサナギ ヒメカ)よ」
あたしの名前を聞くと、響介は1度姫佳と繰り返し、そして笑い出した。
「姫……ね。似合わないな」
うん、あたしもそう思う。
「でもまあ……」
響介はそこで一旦言葉を切り、
「型破りなお姫サマっての、オレは嫌いじゃないぜ」
それだけ言うと、響介はあたしに背を向けて歩き去った。
響介との出会いは、こんな感じだった。
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