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次は弟か?と転がるカルサを一瞥したが、ユーストが立ち上がったまま動く気配を見せなかった為、直ぐに視線を戻す。
俺の立つ場所は彼の背後から少し離れているのでさすがに表情は窺えないが、両のてのひらを見つめている様子が目に映った。
「どうする?」
このまま続けるか、否か。暗に選択を迫る意味を込めて問いかける声に圧は加えなかったにも関わらず、大袈裟にビクリと身体を震わせていた。
俺が煽り、憎悪を爆発させた時に纏っていた雰囲気は既にユーストには無い。無言が続くこの間に依頼を受けた時の会話を思い返す。
──1つだけ、質問してもいいか?……聞いたところでできるとも限らないし、僕にその覚悟があるかも分からないんだが、
──煮え切らないな、とりあえず言えよ。
──っ、あぁ。依頼内容に背くことになるかもしれないんだが……僕が4人を殺すのは、ありなのか?
一瞬間が空き、俺が1人爆笑しながら辛うじてありだと答えた。
そして今に至る。
「……殺すのって、この世界では普通なようで普通じゃないんだよ」
黙ったままのユーストに近づきながら口を開く。ゆっくり振り返った時に漸く見えたのは涙だった。静かに泣いていた。
「魔物を殺す文化はあるのに、人間を殺す文化は無い。何なら人間が人間を殺すことは悪いことだと認知されている」
ユーストの隣に立つ。足元にはバスティだった死体。欠損した肉体と潰れた頭部の所為で相当悲惨だが、元が人間であったのは誰が見ても分かる。
「まぁ生まれた時からそうなんだから仕方無い。そもそも考えたことがある奴の方が多くないだろ、多分」
徐に懐に入れている短剣を取り出す。俺は手の中でくるりと弄んだ後、前に腕を突き出して手放した。
腹に刺さる短剣に足を乗せ、体重をかける。捻るように動かすと形容し難い音がした。
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