6293人が本棚に入れています
本棚に追加
こんな世界でも、命の重さが出鱈目なこんな世界でも。それでも人を初めて殺めることがあるのなら。
その瞬間″無感情″であることは殆ど無いと勝手に思っている。理性では抑えきれなくなった激情に呑まれて一線を越える。激情の中でも圧倒的に多いのは、憎悪だ。
「憎悪が爆発的に己を満たした時、人は人を殺しやすい。俺はお前を焚き付け、結果2人殺せている。どうだ、感想は?」
ナイフから足を退け、嗚咽するユーストに薄く笑いかける。聞こえているかも怪しい位には棒立ちであった青年は、眼下の死体を見つめながら少しだけ唇を震わせる反応を見せた。音になることはなかったが、想定内である。
彼の視線に合わせて俺も再び死体に目を向ける。既に数えるのを止める程殺してきた俺なんかは、感情云々はもとより、場合によっては最早殺すではなく処理する、の感覚だ。
死して魂の抜けた、ただの容れ物と表現したところで痛めつけられる者はどれだけいるのだろう。俺はもう、何も感じなかった。
「さて、お前は残り2人を殺せるか?」
数拍置いた後──首は小さく横に振られる。
だろうな、と疑いなく思う。憎悪自体は消えていなくても、完全に勢いは途切れた。理性が、人を殺した己の異常さが憎悪を上回った。
そんなものだ。
そうして耐えられなくなって、狂っていく。
ユーストの申し出を聞いた時、俺は爆笑しながらも哀れんでいた。
どうせ狂うのに、より強烈な方を望もうとするとか、可哀想な奴。
「んじゃ、お前は続きを見てろよ。大丈夫、ちゃんと依頼内容に違わない働きしてみせるさ。″より残酷に、無慈悲に″な」
最初のコメントを投稿しよう!