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「いえ。大したことはありません」
警察官はそう言って、何があったのか話をしてくれそうになった。私は警察官を不審に思いながら、自分の診察室へと向かった。どうやら、警察官は本物であるようだ。
その日も様々な精神障害を抱えた患者達がやってきた。患者に合わせて私自身も様々な対応を迫られることとなる。こればかりは、長年、精神科を受け持っていても慣れない。十人十色とはよくいったもので、似たような症状でも対応を誤ればかえって、悪化させてしまう。私は一人、一人を気遣いながら診察を続けた。
午前の診察が終わり、私は午後の診察に備えて休憩室で休むことにした。休憩室に向かうには、再び、例の病室の前を通ることになる。まだ、あの警察官はいるのだろうか。
しかし、今度は様子が違っていた。同じ精神科の井上が病室の前にいた警察官と何か話し合っているのが見えた。不思議に思ったが、患者のプライベートに関わる話だと思い、聞き流して病室の前を横切ろうとした。
「あ、良いところに来てくれた」
横切ろうとした私を井上が呼び止めてきた。
「どうしました?」
「実は、ちょっと、話が・・・」
井上の表情に疲れが浮かんでいた。いったい、どんな患者を相手にしているのだろうか。
井上は私の袖を引っ張りながら病室へと半ば強引に招き入れた。井上に連れられ、病室に足を踏み入れた私は、そこで息を呑むこととなる。
「あら?どちら様ですか?」
病室のベッドに一人の女性が座っていた。美しい肌の色が日光に照らされ、輝いて見えた。ロングの黒髪の美しく、私は心が奪われそうになった。
「上原」
「あ、はい!」
井上に声をかけられ、正気を取り戻す。彼は私を彼女に見られないよう、カーテンで仕切られた一角へと連れた。
「井上。彼女は誰だ?」
「彼女は指名手配犯だ」
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