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井上の答えに私は少なからずも驚く。あんなにも、美しい女性がいったい、どのような犯罪を起こしたというのだろうか。
「彼女は連続殺人犯なんだ」
「連続殺人犯?」
「ああ。ところ構わず、目に付いた男達を次々と殺していった冷徹な殺人鬼。ところが、数ヶ月前から犯罪がピタリとやんだ。それも、そのはずだ」
井上は彼女を恐れるようにして、カーテンを少しだけ開き彼女を見る。
「事故で記憶を無くしてしまったんだ」
「記憶を?」
「ああ。警察が、彼女を逮捕した時には、彼女は自分が何者なのか。何をしてきたのか。自分に関わる一切の記憶を失っていた。初めは演技かと思っていたようだが、私が診たところ、彼女は一時的であるが間違いなく記憶を失っている」
「なるほど・・・」
私は納得して頷いた。私と同じキャリア組である井上の診断書があれば、裁判で精神が正常でないと判断され無罪になる可能性がある。可能であるのならば、記憶を戻した状態で裁判を行いたいと警察は思うはずだ。ましてや、記憶喪失のままでは事情聴取だってままならない。
「だったら、治療すればいいだろう。井上なら、あんなの簡単に治せるだろう」
「気安く言わないでくれ。相手は連続殺人犯なんだ。記憶を戻してみろ、その瞬間、私が襲われて助けを呼ぶ間もなく殺されてしまう」
「警察官をつけておけば・・・。あ、ダメか」
「ああ。記憶を戻す為には、ストレスを与えない方がいい。警察官に居られたら、まともな治療なんかできない」
医者としての勤めを果たしたいのも山々。だが、その勤めを果たした途端に、死んでしまったら笑い話だ。
「だから、私は困っているんだ。彼女の治療をするべきか、しない方がいいか」
自分に危険が迫るような治療では、誰だって気はすすまない。困り果て、廊下で待機していた警察官に相談を持ち掛けようとした時に、偶然、私が通りかかり、呼び止めた。
「うーん」
私は軽く唸って、カーテンの隙間から彼女を見た。彼女の凛とした姿からは、犯罪者という様相は感じられなかった。むしろ、気品に満ち溢れた、お嬢様のようだ。
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