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――夢を、見ている。
そう、はっきりと認識できる、そんな夢を見ている。
深々と桜が舞い、その花びらを風がさらっていく。
その風に髪や服の裾を靡かせながら、俺は天を見上げた。
視界一杯に広がる薄紅。
淡い光を放つ桜色の天井。
物質的な質量すら感じさせる、強く優しく清らかな魔力の迸流。
それらは全て、一本の桜の樹から発せられていた。
それは、あまりに幻想的で、あまりに貴くて、あまりに眩しくて。
俺は、躊躇いながらその桜の幹に右手を伸ばした。
触れた幹はほのかに温かく、乾いた樹皮から樹と繋がっていくような錯覚を得る。
その右手に誰かの手が重ねられた。
遠慮がちにそっと、しかし自分の存在を示すように。
その手の主は小柄な少女だった。
顔は靄がかかったようにぼやけ、辛うじて口元だけが視認できる。
しかし、体つきや制服から、それが少女であるとわかる。
その少女の唇が何かを囁いた。
視線は怯えるようにさ迷い、しかしこちらに意思を伝えるために。
少女は数秒迷い、勇気を振り絞るように何かを言った。
その言葉は聞こえない。
しかし、この上なく大切なことであるのは解る。
夢の中の俺は、少女に大きく頷き、
「あぁ、桜の咲く園で、また出逢おう」
祈るように、再会を誓った。
そう、これは夢。
終わりの無い円環から解き放たれた、約束の夢。
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