八月三十一日

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「ここがロンドン、霧の都、か」  長旅を終え、船を降り立った俺は周りを見渡しながら呟いた。  桟橋を渡り、通行の邪魔にならないところまで行って、軽く伸びをする。  一ヶ月もの間船に揺られていた身としては、揺れない大地が有り難いことこの上ない。  やはり、人間は大地を離れては生きていけないのだ。  さて、あまりのんびりしているわけにはいかない。  俺が歩きだした後ろから声が聞こえた。日本語だ。  遠く離れた母国の言葉に思わず、しかし不自然にならない程度に振り返る。  二人連れの恐らく日本人。  兄妹か、あるいは恋人どうしか。  リア充爆発しろ!  ……はて、リア充とは何だろうか?  自分の思考に首をかしげつつ、二人から視線を外す。  あの二人も行く先は同じか、それとも観光客か。  ぼやぼやとそんなことを考えながら、目的地に向かい歩を進める。  目指す建物はまだ遠くに見えるだけ。  ロンドン名物の時計塔は……おかしい。  遠くに見える時計塔。  八月の日差しに照らされたその光景が、なぜか深い霧に覆われた光景とだぶって見える。  現実より濃く見える霧の幻視に、意識が侵食される。 「く…………っ」  軽い目眩に似た感覚に襲われ、軽く頭を振る。  もう、霧の幻視は見えない。
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