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「あなた、何をしていたの?」
「あ、いや・・・」
加奈子に話しかけられた男性は狼狽(うろた)えていた。何かやましいことでもしていたのだろうか。
「あら?これは・・・」
加奈子はテーブルに置かれていた一枚の紙切れを見て驚いた。
「離婚届・・・」
テーブルに置かれていたのは離婚届であった。旦那に明記する欄にはすでに名前が書かれていた。
「辰也・・・」
それが、加奈子の旦那の名前らしい」
「どうして、これが、ここにあるのかしら・・・。ねえ、あなた、どういうこと」
加奈子は狼狽えている辰也の方を向き問いただした。答えは聞くまでもなかった。辰也は家の貴重品を鞄の中にしまっていたのだ。
離婚届、狼狽えた様子の辰也、貴重品をしまっていた様子。
加奈子の脳裏に医者の言葉が過ぎる。
(愛とは永遠という言葉がありますが、時の流れというのは無情です)
加奈子は悟った。全ては自分が原因なのだと。自分が愛情をいう言葉を口にしておきながら、いつの間にかそれを忘れてしまっていた。
それが原因で、辰也は自分の前から立ち去ろうとしているのだと。
「ごめんなさい。あなた・・・」
加奈子は涙を流し、辰也に抱きついた。突然、抱きつかれた辰也は、何がどうなっているのか分からず困惑していた。
「お、おい・・・」
「野暮なことは言わないで、私が悪かったの。私が、あなたへの愛情を忘れてしまったから・・・。あなたに、こんなことをさせてしまった・・・」
薬のせいで記憶の一部が忘却されていることは知っている。けれど、愛情だけはハッキリと残っていた。余計なモノが消え去り、純粋に辰也を愛する心だけが。
加奈子は若い頃にでも戻ったかのように純粋な目で辰也を見上げ言った。
「辰也。今夜は何も言わずに私を抱いて・・・」
二人は、そのまま、床に倒れ込みお互いを愛し合った。
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