四面皆楚歌する

3/13

96人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 未明に城門がゆっくりと開け放たれる。騎馬兵が並足で門の外へと進み整列した。  清涼な朝の空気。朝露にしっとりと濡れた草。  項羽は門が開け放たれてもまだ悩んでいた。最早どうなるものではない、部下は裏切り自らは必要とされていないのだろうと。  いっそこの場で果ててしまえば楽になれるのではないか。  虞美人。大王が愛した娘、彼女は自ら命を絶った。生きて捕らえられ、敵の辱めを受けるくらいならば。自害して楚王の寵愛に答えると言葉を残して。  後を追えばあちらの世界でも共に暮らせるかも知れない。ふと詮無き考えが頭を過る。  内城からやってきて、具足を鎧った男が目の前に跪いて顛末を述べている。虞子期将軍――虞美人の兄が報告を続けた。 「大王に申し上げます。虞美人は最期にこうも残されました。貴方様らしく生きて下さいませ、と」  それだけを伝えると、虞は腰に履いていた剣をすらりと抜いて喉に当て、刃を下にし倒れこんだ。  地面に赤い小さな溜りが作られる。人の命はやけにあっさりと散るものだと感じさせた。  静かな時間はそう長くはない。項羽は大きく息を吸い込んだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加