四面皆楚歌する

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 雀が近くにやって来て餌の小虫を啄んでいる。ずっとそんなものに見向きもしなかったし、雀が寄ることもなかったというのに。 「大王、ご決断を」  武将が決まりきった言葉を耳にするために促す。彼等も項羽が何と応えるかなど百も承知だった。  それでも聞きたかった。最後の最後、末路が示されようと変わらずそこに在りたいから。  開かれた門の前には壁が築かれており、すぐそばに居なければ敵に気取られることは無かった。だがいつ気づかれてもおかしくはない。  ――最早惨めに生き恥を晒すつもりはない。ふっ、虞姫が笑いおったわ、貴方様らしいとな。  閉じていた瞳を開く。雀が慌てて飛び上がっていった。 「聞け者共、我等は弱くて敗れたのではない! 世の中が、天がやつを気紛れで選んだに過ぎぬ。騎兵の戦場で我等の強さを見せ付けて後に自害する。続け!」  項羽を先頭にして騎兵が夜明けの荒野を走る。威風堂々とした姿に悲愴感など微塵も感じられない。  まだ眠り呆けている包囲陣の一つを簡単に食い破り、ついに獅子が野に放たれた。
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