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昼下がりの、がら空きの鈍行に乗り込み、角のシートに座り込む。
雨の日は電車内も何と無く湿気っていて、シートも湿っているようだった。
私は久々のこの気だるい空気に、溜め息を小さく吐いて、脇に傘をかける。
ハンカチで濡れた手を拭いて、本を取り出した。
「…………」
開いた紙が何と無く厚ぼったく感じて、読む気をなくした。
例え、それがどんな夢に誘うモノでも、扉が湿気って重たいのでは、興醒めというものだ。
最初は心地好かった冷房も、今は効きすぎに感じる。
濡れた身体から徐々に体温を奪っていく。
首を少しずつ絞めるような……いや、少しずつ空気で溺れてくような息苦しさから逃れたくて、私は首を少し傾ける。
通り過ぎていく風景に、紫陽花がちらりといた。
――紫陽花を見に行くのも、良いのかもしれない。
何と無く好きなのに、普段あまり積極的に見ようとは思わないのだけれど。
地元の一つ手前の駅で電車を降りた。
ホームに出るとすぐにもわりとした湿気と、甘い土の匂いがした。
駅から少し歩いた所に、隠れた紫陽花の名所がある。
普通の公園なのだが、紫陽花が沢山植えられているのだ。
「わーっ!」
「止めろってば!!」
きゃっきゃっと、校門から小学生が出てくるのを抜かした。
傘でチャンバラをしている子達や蝙蝠傘をして水を溜めている子を見ながら苦笑する。
私も小学生の頃は、そんな事をしては傘を壊して、母を困らせていたなと、思い出したからだった。
小学校の脇に入り、少し進む。とその公園があった。
騒がしい子供の声がしんと遠くなった気がした。
曇天の下、紫陽花が黄昏ていた。
「…………」
空の鈍い鉛色のように、くすんだ水色に、ピンク、青色の花が青々とした葉の間にいた。
――もっと違う色だったのに、ね。
幼い頃、紫陽花の下は葉に守られるようで落ち着く場所だったし、その花はもっと綺麗だったような気がした。
「…………はあ」
少しガッカリして、踵を返そうとした瞬間。
「カタツムリ探そうぜ」
と少年達が颶風のように入って来て、紫陽花の下に入り込む。
青々とした葉から、雨水が滴った。
「いたいた」
カタツムリを持ち上げて、手に乗せて嬉しそうにしている。
「…………」
ふと見た紫陽花は鮮やかな色をしていた。
私が幼い頃、見たような。
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