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いつからだろう……暗い場所を暗いと知らずに僕は眠り続けていた。
僕のセカイは色に満ちていて、曖昧にキレイだった。 未だ見たことのない……きっといつか、手に入れられる筈だった何もかもが、そこに確かにあった。
時々、ずしりと天井が軋み、僕は微睡みから醒めかける。
土の匂いを嗅いで、まだ時ではないと知った。
ある時、天井が小刻みにぽとぽとりと、叩かれるようになった。
しとり、しとり。と、あの匂いは強くなる。
でも、まだまだ目覚めるには早いな……と目を閉じた。
ふいに、淡い色のセカイを突き破るように僕は目を開く。
「きた」
声にならない声を上げて、僕は動きはじめる。
前足で掘って登り、僕は闇の中に踊り出た。
「ああ、ここだ」
僕の唯一知っていた、母の胎(はら)のような夢から、やっと目覚めて思う。
「ああ、この音……匂い!」
嗄れた声を上げ、叫ぶ。
たとい、すぐに終わる夢の中だとしても。
「かーちゃん、この蝉、死んでるよー」
道で引っくり返った一匹の蝉を、小さな子供が無邪気に蹴飛ばした。
じじっ
「わっ!!」
厭わしそうな、苦しそうな声を上げて、蝉が飛び、そして墜落した。
「動いたー!」
きゃっきゃっと盛り上がる子供の声を他所に、蝉はきっと淡い夢を見ている。
産まれて来れたた子と、生まれて来られなかった子の邂逅は一瞬だった。
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